close-up KOBE

-Long interview-

2021/09/14 | 取材日:2021年8月30日

2021年度新加入選手インタビュー Part.1 山田生真選手

2021年度新加入選手インタビュー第1弾は、今年4月、東海大学から加入の山田生真選手。

7月に行われたチームのインスタライブにゲスト出演した際には、田中スタッフとモノマネ対決をするなど楽しいトークを展開。明るいキャラクターでチームに元気を与える存在になりそうなフレッシュなルーキーに、これまでの道のりと今後の目標を聞きました。

1年目から試合に出られるように貪欲に成長を求めていく

山田 生真
Ikuma Yamada

PROFILE

■1999年1月26日生まれ(22歳)、愛媛県西条市出身

■小松ラグビースクール→宇摩ラグビースクール→東海大仰星高校→東海大学

■ポジション/HO

■身長・体重/177cm・98kg

■代表歴/高校日本代表

ラグビーを始めたきっかけはなんとピアノ教室の先生!
−まずは山田選手のこれまでの競技歴を伺いたいのですが、ラグビーはいつからはじめたのですか?また、そのきっかけは?
「通っていたピアノ教室の先生に勧められて、小学1年から始めました」
−ピアノ教室に通っていたんですね。
「そうなんです(笑)。今はまったく弾けないのですが、1歳上の姉が小学1年からピアノを始めたのと同時に、僕も一緒にピアノ教室に通うようになり、小学6年まで習っていました。僕自身は体を動かすことが好きで、いつもレッスンの直前まで外で遊んでいたんです。体が大きかったこともあり、小学1年になった時に、先生の息子さんがラグビーをしていたので、やってみたらどうかと勧められました。どんなスポーツなのかを知らずにラグビースクールに行ったのですが、楽しくて、すぐにはまってしまいました」
−中学校にはラグビー部があったのでしょうか?
「ラグビー部がなくて、中学の時は体力づくりを目的にバスケットボール部に入りました。ラグビーは通っていたスクールが小学生までだったので、車で1時間ほどかかる別のスクールで続けることにしたんです。両親には負担をかけましたが、どうしてもラグビーを辞めたくなかったんです」
−高校は愛媛を離れて、大阪にある東海大仰星高校へと進みました。
「きっかけは、愛媛県のスクールの大会で優勝し、太陽生命カップ(全国中学生ラグビーフットボール大会)の関西地区予選に出場したことです。結局、吹田ラグビースクールに敗れて、全国大会に進むことはできなかったのですが、(東海大仰星高校の)土井先生と湯浅先生がご覧になられていて、声をかけていただきました。親元を離れることになるので悩みましたが、レベルの高いところでチャレンジしたかったので、東海大仰星高校に進むことに決めました。もしも地元に残っていたら、今、ここにいなかったと思います。高校進学は、ラグビー人生において、ターニングポイントになりました」
−ご両親は反対されなかったのですか?
「両親はバレーボールをしていて、姉も全国大会に出場しています。スポーツ一家だったので、僕の決断を応援してくれていました」
原点は、持ち味が確立され
精神面でも成長できた高校時代
−強豪・東海大仰星高校に進んで、どのようなことを感じましたか?
「ラグビースクールは30人にも満たないようなチームだったので、試合に出るのはそれほど難しいことではありませんでした。しかし、高校は、3学年で100人以上の部員がいます。しかも、どの選手も上手くて、人生で初めてポジション争いを経験しました。実家を離れてチャレンジしているので、誰よりも『やらなきゃいけない』という気持ちもあり、1年の時から先輩に遠慮することなく、積極的にいろいろなことを聞き、成長するためには何が必要なのかを考えて自主練習にも取り組みました。1年はリザーブでの出場でしたが、2年でレギュラーに定着するようになりました」
−2年の時に全国高校ラグビー大会で優勝、3年の時にはキャプテンとしてチームを準優勝に導きました。
「2年の時は自分を成長させることに精一杯でしたね。当時はフランカーをしていて、自分の持ち味はタックルと運動量だと思い、そこを伸ばそうと必死で取り組んでいました。3年の時は、連覇のプレッシャーがある中でキャプテンを任され、自分のことよりもチームを第一に考えて、後輩にアドバイスをしたり、チームメイトの話を聞いたりして、精神面で成長することができました。花園では結果的に決勝で東福岡高校に敗れて、準優勝に終わりましたが、1年間、自分がやってきたことは間違っていなかったと思いますので、後悔はありません。やり切った3年間でした」
−高校卒業後、東海大学に進んだ理由を教えてください。
「関西の大学に行きたい気持ちもあったのですが、大学卒業後、トップリーグのチームに入りたいという思いが強く、湯浅先生の勧めもあり、多くのトップリーガーを輩出している東海大学へ進学することに決めました」
将来を見据えて、大学4年で
フッカーへコンバート
−大学ではいつから試合に出ていたのでしょうか?
「1年はリザーブ、2年から先発で出場するようになりました。大学は高校と比べると、フィジカルがまったく違いました。ウエイトトレーニングに取り組んで、1年の時は5キロほどサイズアップしましたが、試合で圧倒されることも多くて...。このままではいけないと2年の時に、さらに体を大きくしようとしたのですが、春に足の怪我をしてしまい、3ヶ月ほどリハビリ生活を送ることになりました。その間、ウエイトトレーニングで上半身を集中的に鍛えて、体重が100キロになったんです。復帰後は3キロほど体を絞ったのですが、グラウンドに出たらこれまでよりも強いプレーができるようになっていて、試合にもスタートから出られるようになりました。フランカーとして自信がついて、3年ではもっと活躍できるように頑張ろうと思っていた時、大学の監督からフッカーをやってみたらどうかと言われたんです」
−フランカーでレギュラーをつかんだ矢先に、フッカーへのコンバートを提案されたんですか。
「そうなんです。バックローでもっと成長できるという感覚があったので、その時は監督に僕の気持ちを尊重していただき、3年でもフランカーをやらせてもらいました」
−それが一転して、フッカーにコンバートとしようと思ったのは?
「大学3年から4年になるタイミングです。監督と話をした時に、トップリーグに行くことが目標なのか、それとも、そこで活躍することが目標なのかを聞かれたんです。僕は体が大きい方ではないので、トップリーグで活躍することを目指すのであればフッカーで勝負してみてもいいんじゃないかと言われてコンバートすることにしました」
−フッカーにチャレンジする上で、一番不安だったことは?
「スクラムです。ラインアウトのスローは、一人で練習できますが、スクラムはそうじゃない。しかも、経験値がものをいいます。リーグがはじまるまでに果たしてスクラムが組めるようになるのかと不安がありました。スクラムについてFWコーチに相談したら、『開幕までにトップレベルで組めるようにしてやる』と力強い言葉をかけていただいたんです。2月頃からFWコーチにスクラムの姿勢などを指導していただき、ようやく8人対8人で組めるようになった時に、緊急事態宣言が発出されて...」
−緊急事態宣言が出ている期間はどうしていたのでしょうか?
「愛媛の実家に戻っていました。その間、壁に向かってラインアウトのスローの自主練習とスクラムに関しては、FWコーチが参考となる動画を送ってくれて、イメージをつかもうとしていました。宣言が解除されてからは大学に戻り、FWコーチやプロップの選手に意見を聞きながら、毎日スクラム練習。あと、ツテを頼って、高校、大学の先輩であるサントリーの北出(卓也)さんを紹介していただき、スクラムの動画を送ってアドバイスをいただいたりしました」
−成長の手応えは?
「Cチームからスタートし、徐々にB、Aと順調にレベルアップし、リーグ戦では先発出場させていただきましたが、スクラムだけを見たら、Aチームのレベルだったのか...。バックローをしていたので、フィールドプレーには自信がありましたが、フッカーとしては半人前だったと思います。ようやく感覚がつかめてスクラムが押せるようになったのは、リーグ戦終盤に入ってからです。FWコーチをはじめ多くの方々のお陰で成長することができました」
強いチームでチャレンジしたい!
その一心でスティーラーズへ
−神戸製鋼に入部を決めたのは?
「強いチームでチャレンジしたいという思いがあり、トライアウトを受けさせていただきました。4月から合流しましたが、一流のプレーヤーばかりで、練習からレベルの高さを感じています」
−平原選手や有田選手、若手では松岡選手、さらに王選手も加わり、レギュラー争いは熾烈です。どの部分で勝負しようと思っていますか?
「長年バックローをやっていたので、フィールドプレーに関しては、ほかのフッカーの選手よりも一段高いレベルでやらなければいけないと思っています。持ち味である運動量でグラウンドを走り回って、タックルで見せ場を作っていきたいです。もちろん、フッカーとしてセットプレーでもチームに貢献できるようにしないといけません。特にスクラムについては、バラさん(平原大敬)や(有田)隆平さんと比べると、経験の差を感じます。また、体もまだまだ小さいので、サイズアップして、いいスクラムを組めるように頑張ります」
−今後の目標は?
「1年目から『リーグワン』で試合に出る!フッカーに転向したのは、社会人チームで活躍するためです。1年目から試合に出られるように、貪欲に成長を求めて取り組んでいきます!」
−では最後にファンの方々へメッセージをお願いします。
「チームの勝利に貢献できるように頑張ります!ファンの皆様となかなかお目にかかる機会がないですが、会った時には気軽に声をかけてください。応援よろしくお願いします」

インタビュー一覧に戻る

PAGE TOP