インタビューInterview

close-up KOBE -Long interview-

2019.07.05 | 取材日:2019年06月05日

新加入選手インタビュー Part.4 井上遼選手&池永玄太郎選手

2019年度新加入選手インタビュー第4弾は、今年1月12日に開催の第55回全国大学選手権大会決勝で熱戦を繰り広げた明治大学出身の井上遼選手と天理大学出身の池永玄太郎選手が登場。

決勝戦の振り返りから今後の目標までを語ってもらいました。

取材日:2019年06月05日

持ち味はブレイクダウンの激しさです!
フィジカルを鍛えて、公式戦出場を目指します。

井上 遼
RYO INOUE


PROFILE

■1997年3月18日生まれ(22歳)、兵庫県神戸市出身

■芦屋RS→報徳学園高校→明治大学

■ポジション/FL

■身長・体重/183cm・96kg

取材日:2019年06月05日

池永にボールを渡せば何とかしてくれる。
チームメイトからそう思われる選手になりたい。

池永 玄太郎
GENTARO IKENAGA


PROFILE

■1997年1月27日生まれ(22歳)、大阪府大阪市出身

■上宮太子中学→上宮太子高校→天理大学

■ポジション/CTB

■身長・体重/181cm・100kg

実は天然!?井上選手のマル秘エピソード
−井上選手と池永選手が話すようになったのは、コベルコスティーラーズに入ってからですか?

井上「天理大学と何度も対戦しましたが、話す機会がなかったんです。玄(池永選手のニックネーム)がコベルコスティーラーズに入部するという話を聞いて、4年の夏合宿の時に、僕から声をかけました」

池永「話すようになったのは、それからですね。だけど、遼のことは明治大学にいる友達からいろいろと聞いていました」

井上「どういうことを聞いていたの?」

池永「ちょっと天然だけど、いいヤツだって(笑)。実際に僕もその通りの印象を持っていました。4年の春、試合をした後のアフターマッチファンクションで、エールの交換があり、うちのキャプテンの島根(一磨/パナソニックワイルドナイツ)は『大学選手権ではお互いに決勝まで勝ち進んで、優勝をかけた一戦でまた対戦しよう』と挨拶したのですが、明治の福田(健太)キャプテン(トヨタ自動車ヴェルブリッツ)に代わって挨拶した遼は『大学選手権では優勝を目指しますので、応援よろしくお願いします』と締めくくったんです(笑)。(明治大学の)田中(澄憲)監督は唖然とした表情をしていましたし、選手は苦笑していました」

井上「福田が怪我で出場していなかったので、急遽、田中監督から頼まれたんです。問題のひと言までは順調だったのですが、最後の最後でつまずいてしまいました(苦笑)」

池永「あと、大学選手権決勝後のアフターマッチファンクションで、遼から突然『(コベルコスティーラーズの)入寮日はいつ?』と真剣な表情で聞かれたんです。まだ先のことですし、大学生活最後の試合で、しかも決勝戦という大舞台の後で感慨に浸っているところで、入寮日のことを聞いてくるのかと、その天然ぶりに驚きました(笑)」

大学選手権決勝を振り返って
−決勝戦は、22-17で明治大学が天理大学を下して22年ぶりの優勝を果たしました。決勝戦の話はするのでしょうか。

井上「話しますね」

池永「コベルコスティーラーズに入部してから、試合を振り返っていろいろな話をしました。今でも時々、あの局面で天理サイドはこんなことを考えていたなど、話すことがありますね」

−改めて決勝戦はどうでしたか?

池永「グラウンドに出たらスタンドが紫紺一色で、僕たちは完全アウェーでした。その雰囲気を跳ね返して優勝しようと話していましたが、天理が攻めると明治コール、守っても明治コールで、プレッシャーを感じました。でも、明治のラグビーがとにかく素晴らしかったです。僕たちのディフェンスに対して、うまく対応してきましたし、ブレイクダウンも激しかった。終始自分たちのラグビーをさせてもらえなかったという印象です」

井上「開始早々、天理に得点されたのですが、準決勝の早稲田との一戦でも先制を許していたので、気にはしていませんでした。その後逆転しましたが、終盤に入って立て続けにトライを決められ、5点差になりました。ラストワンプレーで自陣での天理ボールスクラムになった時は、生きた心地がしなかったです」

池永「最後の場面は、僕は交代していたので外から見ていたんです。スクラムに自信がありましたし、バックスにも良い選手がいるので、絶対にトライを取ってくれると仲間のことを信じていました。だけど、スクラムがうまく組めなくて、No.8が無理やりボールを出して攻撃を継続せざるを得なくなりました。結局ノックオンとなり、ノーサイド。無理やりボールを出した時点で嫌な予感がしたのですが、それが当たってしまいました」

井上「スクラムになった時、明治にはスクラムハーフが主将をしているシーズンは、大学選手権で単独優勝ができないというジンクスがあることを思い出したんです。明治がスクラムを崩して反則になって、天理ボールのラインアウトからモールを押されて同点にされるのではないかと、最悪のシナリオが頭をよぎりました。試合後、チームメイトに聞いたら、みんな同じように思っていたようです。スクラムを組む前に、明治はフロントローを全員代えたのですが、もし代えていなかったらどうなっていたのか。勝てて良かったです」

お互いのプレーの印象について
−ところで、お互いのプレーの印象を教えていただけますか?

井上「決勝戦は、玄とよくマッチアップしましたね」

池永「僕がボールキャリーで、遼がディフェンスという場面が数回ありました。遼に絡まれて、2度アンプレアブルになり、完敗でした」

井上「たまたまです。それに僕1人の力ではありませんから。玄のことを初めて知ったのは高校3年の時です。彼の高校は、強豪校ではなかったのですが、玄は高校日本代表候補に選ばれていました。僕も候補に入っていたので、どんな選手なのか気になっていました。そして菅平合宿の時に、彼の高校と僕の高校の宿舎が同じになり、そこで初めて玄に会ったんです。体が大きくて、明らかにほかの選手と違いました」

池永「僕はその時のことを覚えていなくて...。遼のプレーの印象は、いいテンポで攻撃をしている時に、ブレイクダウンでボールにうまく絡んで球出しを遅らせる。ブレイクダウンの激しさやしつこさは抜群ですね」

井上「ありがとうございます!ブレイクダウンでの激しさは持ち味だと思っていますので、そう言ってもらえて嬉しいですね。玄は、相手がどんなに大きな選手であろうと勇敢に立ち向かっていく。そういう姿勢が素晴らしいと思います」

池永「僕も遼にそう言ってもらえると嬉しいです。僕の信条は、ボールキャリー、パス、キックと、どんなプレーをするにしろ、ミスを恐れずに思い切ってプレーすることです。ミスを恐れたり迷ったりしたら、いいプレーができないと思っています」

両選手のこれまで歩んできた道
−ラグビーをはじめたのはいつからですか?

池永「中学1年からです。きっかけは、父の友人が中学のラグビー部の監督と親しくしていたので、半ば強制的に入部させられました(笑)。当時は体が小さくて太っていたので、ラグビーをするのは嫌だったのですが、どんどん好きになりました。また、中学、高校の6年間は、監督から周り人に対して感謝の気持ちを持つように言われてきました。人としても成長させていただいた6年間になりました」

井上「3歳からです。僕は4人兄弟の末っ子なのですが、兄たちが芦屋ラグビースクールに通っていて、気がつけば僕もラグビーボールを触っていました。芦屋ラグビースクールでは、藤(高之)さん(チームマネージャー)から指導を受けていたんです。中学1年から2年まではSCIXラグビークラブに通っていて、OBの武藤(規夫)さんや今村(順一)さんに教えてもらっていました。子供の頃からコベルコスティーラーズに憧れていて、中学や高校の卒業文集では『将来はコベルコスティーラーズの選手になる』と書いていました」

−夢が叶ったわけですね。

井上「そうですね。『大学で日本一になって、コベルコスティーラーズに入る』と書いていたので、その通りになりました!」

−池永選手は高校卒業後、天理大学に進みました。

池永「関東の大学へ進学することを希望していたのですが、中学、高校のラグビー部の監督が、天理大でコーチをしている八ツ橋(修身)さんと知り合いだったこともあり、小松(節夫)監督と会って話をする機会がありました。その時に『天理は選手のサイズが小さいので、全員がハードワークしないと勝つことができない』と教えてもらいました。フォワードが大きくてバックスにもタレントが揃っている関東の大学でチャレンジしたいと思っていましたが、天理のラグビーに魅力を感じ、進学を決めました」

−試合にはいつから出られるようになったのでしょうか?

池永「2年の時に、初めて公式戦のリザーブメンバーに入りました。先発出場をしたのは4年になってからです。天理大は、無名校から入部する選手も多いのですが、厳しいトレーニングを積むので、どの先輩もプレーのレベルが高かった。先輩からのアドバイスや八ツ橋コーチの熱心な指導のお陰で成長することができました」

目標は公式戦出場です!
−井上選手は報徳学園高校から明治大学、そしてコベルコスティーラーズへ。1学年先輩の前田剛選手と同じ道を進んだことになります。

井上「僕にとって剛さんは憧れの人だったので、その後を追いかけました。剛さんはプレーだけでなく、人間性も素晴らしくて、尊敬する先輩です。高校時代はいつもウエイトトレーニングに付き合ってもらっていました。コベルコスティーラーズに入ってからも、よくしていただいています」

−池永選手は、コベルコスティーラーズのどういうところに魅力を感じたのでしょうか。

池永「大学時代、僕たちは地域の方々に愛されるチームを作ろうと、天理市内のボランティア活動に参加するなど、さまざまな地域貢献活動を行ってきました。また、監督やコーチから常に当たり前のことを当たり前にできる人間になろうと言われてきました。コベルコスティーラーズは、会社との関係を大事にし、社員の皆様に愛されるチームを作ろうとしています。また、(ウェイン)スミス総監督や(デーブ)ディロンヘッドコーチは、人間性を重視されています。そのようなチームの考え方に共感しましたし、魅力を感じました」

−両選手は、今後、どのような選手になっていきたいですか?

池永「池永にボールを渡せば何とかしてくれる。チームメイトからそう思われる選手になりたいです。仲間から信頼を得られるように、日頃からプレーや行動で示していきたいと思います」

井上「僕は、『強いチームには、良いフランカーがいる』と思っています。だから、橋本(大輝)さんや前川(鐘平)さんといった素晴らしいフランカーがいるコベルコスティーラーズが、昨シーズン優勝できたのだと思います。僕も、橋本さんや前川さんのように、仲間のために身体を張れる選手になれるよう頑張ります!」

−では、最後に今シーズンの目標をお願いします。

井上「先輩たちと比べると、まだまだ体が小さいので、ウエイトトレーニングを積んで、フィジカル面を強化して、1試合でも多く試合に出られるようにしたいと思います」

池永「僕も試合に出場することが目標です。スキルやゲーム理解度などを高めて、試合に出たら気持ちを前面に出し思い切りの良いプレーをして、チームに貢献したいと思います」

−ありがとうございました。

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