インタビューInterview

close-up KOBE -Long interview-

2017.07.18 | 取材日:2017年06月24日 (塚原巧巳)・2017年06月28日 (渡邉隆之)

新人選手インタビュー Part.3

コベルコスティーラーズの一員となった6選手をご紹介。

トリを飾るのは明治大学出身のPR塚原巧巳選手と東海大学出身で日本代表キャップ10のPR渡邉隆之選手のフロントローコンビです。

取材日:2017年6月24日

動けるプロップになって、レギュラー獲得を目指します!

塚原巧巳
Takumi Tsukahara

PROFILE

■1994年3月18日生まれ(23歳)、栃木県下野市出身

■國學院栃木高校→明治大学

■ポジション/PR

■身長・体重/182cm・120kg

柔道から華麗なる転身!? ラグビー歴1年未満で花園出場!
−ラグビーは高校からはじめたそうですね。
「父親がやっていたこともあり、小学3年から柔道をしていて、高校も推薦で入学したんです。でも高校1年の途中で、柔道部を辞めてしまって。数ヶ月ほど、帰宅部だった時に、ラグビー部の監督をしていた担任の先生から、一度試合を観に来ないかと誘っていただいて。その試合がすごく熱い試合で、逆転トライで勝った。すごいなと感動して、2年からラグビー部に入りました」
−柔道をやっていた時の階級を教えてください。
「100kg超級です!」
−体重はどれくらいだったのでしょうか?
「110kgくらいあって、身長も今と変わらないくらいでした」
−じゃあ、ラグビー部の監督が見逃すわけがないですね(笑)。ポジションは?
「もちろんプロップです。試合に出るのは3番でしたけど、監督から1番もできた方がいいと言われて、両方で組む練習をしていました。高校も大学もメインは3番でしたが、U20日本代表は、大学2年の時は3番で、大学3年の時は1番で選ばれました」
−すぐにスクラムは組めましたか?
「なんとかですけど、はじめての割には組めたかなって。スクラムよりも、僕は、走るのがきつかったです。柔道は、無酸素運動で常に力を入れていますが、ラグビーは走って当たって起き上がって。当たることの恐怖心はないんですけど、走ることがしんどかったですね。でも、柔道と違って、ラグビーはチームスポーツなので、きついけれど、頑張れる。そこがいいなって思いました。あと、ルールを覚えるのも大変でしたね(笑)」
−國學院栃木高校というと、昨年度まで17年連続で花園に出場している名門。試合にはいつから出はじめたのでしょうか?
「高校2年の栃木県予選の前から出るようになって、それからはずっとメンバー入りしていました」
−大学はどうだったのでしょうか?
「2年から試合に出られるようになりました。入る前は、1年からメンバーに絡めるんじゃないかと思っていたんですが、大学はそんなに甘くはなかった(苦笑)。先輩たちは、体も大きいですし、コンタクトも強いし、うまいし、レベルが違うなって。それで、高校ではあまりやらなかったウエイトトレーニングをしっかりやったりして、2年からAチームに上がることができました」
−大学3年の時には、U20日本代表に選ばれて、「ジュニアワールドラグビートロフィー2014」優勝を経験したんですよね。
「高校日本代表は、候補には入ったのですが、結局、落とされてしまったので、U20代表は目指していました。大学2年の時に選んでもらって、その時は、ジュニアワールドラグビートロフィーで4位だったので、3年で、優勝できたことは自信になりました」
−大会に出場して感じた収穫と課題は?
「スクラムは押せたと手応えを感じました。課題は、昔からなんですが、ハンドリングが苦手で...。自分から積極的にボールキャリアになることはないんです。フィールドプレーは頑張らないといけないなって。この部分は今も課題です」

持ち味はスクラム、1番でも3番でもできるのが武器
−1番も3番もできるということですが、どちらが得意なのですか?
「大学時代はずっと3番だったので、3番の方が組みやすいですが、高校の時に両方やっていたので、やれといわれたら、1番でも組めます!」
−1番、3番、まったく組み方が違うと聞きますが、塚原選手はそうじゃない。
「そうですね。普通に組めますね」
−目指していたり、憧れていたりするプロップの選手はいるのでしょうか?
「そういう選手がいないんです。あまり人のことは気にしないというか(笑)」
−大学時代にもっとも印象に残っている試合を教えてください。
「昨年の大学選手権準決勝vs東海大戦です。僕は負けた試合の方が記憶に残るんですが、あの一戦は、特に悔しくて、よく覚えています」
−その時にリザーブで途中出場だった東海大学出身の渡邉選手が同期になりましたね。塚原選手は、渡邉選手をどういうプレーヤーだと思いますか?
「渡邉は、僕と違って積極的にボールをもらいにいく。それでもって、体も強いし、動けるし。そこは負けているなと思いますね。だけど、スクラムに関しては譲れないです」
−渡邉選手もですが、山下(裕)選手に、平島選手、金井選手と、コベルコスティーラーズのプロップは、日本代表を経験している選手が多いです。それに、日本代表経験者でなくても、機動力に長けた山﨑選手がいたり、明治の先輩である勝木選手がいたり、1番にしろ、3番にしろ、ライバルは強者ばかりです
「そうですね。大変だと思いますが、そこで試合に出られたら、目標としている日本代表が近づきます。レギュラーを目指して頑張ります!」
−試合に出たら、どの部分に注目してほしいですか?
「もちろんスクラムです。でも、それだけだったら、魅力がないと思いますので、ボールキャリーも、タックルもできる、動けるプロップになりたい。そのために、体重は落とさず、筋肉量を増やして、走れる体にしていきたいです!」
−頑張ってくださいね。では最後にファンの皆様方にメッセージをお願いします。
「1日も早く試合に出て活躍できるよう頑張ります!優勝を経験したことがないので、コベルコスティーラーズで日本一になり、皆様と喜びを分かち合いたいと思います。応援よろしくお願いします!」

取材日:2017年6月28日

ボールキャリーを伸ばして、世界に通じるプレーヤーに

渡邉隆之
Takayuki Watanabe

PROFILE

■1994年5月27日生まれ(23歳)、北海道小樽市出身

■小樽ラグビースクール→札幌山の手高校→東海大学

■ポジション/PR

■身長・体重/180cm・118kg

1列目に代表経験者が多い神戸で、さらに成長したい
−ラグビーをはじめた年齢ときっかけを教えてください。
「学校でタグラグビーの授業があって、面白いなと思ったことがきっかけで、小学5年の秋、地元のラグビースクールに入りました。中学では、僕よりも体が大きな子が多くて、ウイングやセンターをやっていたんです。でも、北海道はラグビーのレベルがそれほど高くないので、ウイングをしていて、ボールが回ってきたという記憶はないです(笑)。体重が95キロを超えてからロックになって、高校からはずっと3番です」
−持ち味は?
「ボールキャリーですね。東海大の時は、ボールを持つ回数が誰よりも多かったんです」
−いつからそういうプレースタイルになったんでしょうか?
「昔からフィットネスが得意でしたし、ハンドリングも中学の時に、小樽ラグビースクールに通いながら、平日は部活でバスケットボールをしていたんです。それに、高校のラグビー部も、ハンドリングの練習が中心で、あと、後輩にティトゥヒ・ロバーツというバスケでニュージーランドU18代表になった子がいたので、昼休みは、いつも彼とワンオンワンをしていました。中学、高校時代のそういう経験もあって、ボールを持って走るのが好きなんです」
−スクラムはどうなんですか?
「高校時代は、スクラムは月1回、形だけの練習だったんです。なので、大学時代に先輩に教えていただいて、鍛えられました。でも実は、スクラムはあまり得意ではなくて(苦笑)。ただ、東海大は、スクラムを重視しているので、とにかく量を組みましたね。それに、先輩には、昨年、パナソニックに入った平野(翔平)さんやキヤノンの五十嵐(優)さんがいて、二人ともすごく強くて、その二人とずっと組んで、いろんな駆け引きをして、経験を積むことができました」
−大学3年の時に、エディージャパンに練習生として招集されましたよね。その時はどうだったのでしょうか?
「まず1番で呼ばれたことに驚きました。たとえ3番でも、平野さんがいたので、チームではリザーブでしたし。なんで、僕なの?と思いました。実際にスクラムを組んでも、レベルが違いすぎて。しかも1番だし、全然ダメでした。その後、ラッシーさん(平島久照)が怪我をされて、急遽、ワールドカップ直前の8月に呼ばれて、バックアップメンバーになりましたが、1番は、僕は組めなかったですね」
−でも、それから渡邉選手の名前が知られるようになったと思うのですが。
「そうですね、ターニングポイントではあったのかなと。それまで、僕は、平野さんの陰に隠れていましたから。でも、結局、チームでは平野さんが卒業されるまで、レギュラーにはなれなかったんですが」
−コベルコスティーラーズにも、3番には、山下裕史選手という強力なスクラムメイジャーがいます。
「逆に、そういう環境でやりたいなと思ったんです。神戸には1番から3番まで日本代表経験者がいます。そういうチームは、数少ない。今よりもさらに成長するためにコベルコスティーラーズに来ました。それと、ヤンブーさん(山下裕史)が、昨年、チーフスでプレーされたのも、神戸に入った理由として、大きかったです。スーパーラグビーのチームでプレーするという憧れもありますし、いつかチャンスがあるならと思っています」
−山下選手から学ぶことは多そうですね。
「日本代表キャプが50近くあって、トップリーグでも100試合以上に出場している。ラッシーさんもそう。あの二人の経験値は、すごいですし、勉強になります」

リザーブでもいいので、とにかく試合に出たい!
−春からナショナル・ディベロップメント・スコッドのキャンプや、日本代表としてアジアラグビーチャンピオンシップ、そして先日行われた「リポビタンDチャレンジカップ2017」アイルランド代表戦前に追加招集されるなど、チームの練習にはあまり参加していないと思いますが、これまでの手応えは?
「代表と神戸のスクラムの組み方が違うので、やられまくっています(苦笑)。それに、みんな、力が強くって。スクラムの時のバインド(両チームのプロップ同士が相手をつかみあう)が硬い。代表の時よりも感覚的には硬いように思います」
−日本代表で感じた収穫と課題は?
「課題はジェイミー(・ジョセフ日本代表ヘッドコーチ)からタックルとブレイクダウンのスキルが低いと言われて、かなり練習を積みました。ブレイクダウンのところは、自分がキャリーになることが多いので、サポートプレーに対して苦手意識があったのですが、練習を積んで、意識が変わったのは良かったです。タックルに関しては、ただ飛び込んでいるだけと言われて。でも、タックルというのは、実際、試合になったら気持ちの部分が重要ですから。体を張ろうという気持ちはそのままに、これからよりスキルや精度を上げていけば、世界でも通用するのかなと思いました」
−今後、伸ばしたいところは?
「ボールキャリーをどんどん伸ばしたいです。ただ、大学時代は、真っ直ぐに走っているだけで良かったですが、トップリーグでは、僕はそれほどサイズがあるわけではないので、気持ちの入ったタックルがきた時に、どうやってゲインをしていくか。そこは模索中です。どんな相手に対しても、安定して前に出られるよう、取り組んでいきます。それと、タックルも。セットプレー以外のところで目立つことができるよう、頑張ります!」
−今シーズンの目標は?
「リザーブでもいいので、とにかく試合に出たいです!」
−リザーブでもいいとは、随分と控えめですね。
「僕、リザーブが多いんです。高校の時は1年から3番をつけていたんですが、高校日本代表でもリザーブですし、大学に入ってからも3年間、リザーブ。U20日本代表でも、1年の時は、塚原(巧巳)が3番で、僕はリザーブ、2年の時は、塚原は1番で出ていて、3番は具智元(ホンダヒート)で、僕はリザーブでした。日本代表でも、アジアラグビーチャンピオンシップは2試合スタメンで出させてもらいましたが、アイルランド代表戦はリザーブでしたし。でも、とりあえず試合に出られることが素直にうれしいので、トップリーグでも、何番でもいいので、試合に出たいですね。そして、いつか、世界に通じるプレーヤーになりたいと思います!」
−期待しています。ちなみに、U20日本代表でも一緒だった同期の塚原選手はどういう選手ですか?
「プロップとして、すごいなと思うのが、塚原は、1番と3番、どちらでも普通に組めると言うんです。僕からすると、右利きの人が左手で箸を使うような感じで、1番と3番はまったく別物。それをあいつは、普通にできると言う。僕は、エディージャパンで、あれだけ1番を練習して、無理だったのに。そこは感心します。ただ、体がでかいので、動けないんですけどね(笑)。大学選手権では3回戦で京産大に押されていましたけど、スクラムが強い選手です」
−1番と3番で同時に出る可能性もありますよね。
「そうなったら、もう少し動けるようになってほしいですね。ラッシーさんやザキさん(山﨑基生)は動けるので、その分、僕はいろんなことができる。塚原と組んだら、塚原の分まで動かないといけないのは嫌だなって(笑)」
−本人も動けるようになりたいと言っていましたよ。
「ぜひ、そうなってほしいです(笑)」
−では最後にファンの皆様にメッセージをお願いします!
「一生懸命頑張りますので、応援よろしくお願いします!」

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