2月28日

2002シーズン引退選手コメント
小村 淳

(1992シーズン入社・フランカー)
小村 淳


あなたにとって、「神戸製鋼ラグビー部」とは、どんなチームでしたか?

 やっぱり自分のラグビースタイル、ラグビー観を変えてくれたチームでもありますし、僕が毎年毎年向上できたのは、このチームだったからこそできたのではないか、と思います。
 入った頃は上の選手に引っ張られてずっとやってきた、という印象ですけれども、低迷したり、1999シーズンに勝つことができたころから「僕らのチーム」という感じがすごく出てきました。その時の優勝というのは、入部当時の優勝よりは、数倍嬉しさや感動がありましたね。

公式戦出場試合のうち、一番印象に残る試合は何ですか?

 2000年1月30日の第52回社会人大会決勝、ワールド戦(花園ラグビー場 ○神戸製鋼35-26ワールド)ですね。
 V7達成以降低迷し、僕がキャプテンになった97〜98年度も勝てなくて、キャプテンを退いた翌年にやっときたファイナル、という意味で印象に残っています。僕自身もこのシーズンは身体の調子が良くて、決勝戦でもいいパフォーマンスが出せた、そして優勝できた、ということなので、一番印象に残っています。


出場試合を振り返ってのご感想は?

小村 淳  11年間神戸でラグビーをしましたが、ラグビー人生ではいい思いをさせてもらいました。入部当時はなかなか試合に出してもらえず、その時はいろいろ辛かったですが、今は満足しています。また、そういうことがあったので、今頑張れていると思います。
 それから、本当に大きなケガがなくやってこれたなあと思います。身体にメスを入れたのも、30歳になってからですし。
 100試合出場達成も印象に残りました。僕が入った時に、兼平さんが100試合出場を達成されて、まさかそこまで自分が出場するなんて思わなかったですね。ふっと気が付いて、公式試合出場を記録した掲示板をみたら、80いくつ、90いくつ、なんてなっていて、「ああ、もうすぐなんだな」と、改めて実感しましたね。長かったという意識は、自分の中ではなかったですね。今振り返ると「早かったなあ」と思いますね。


応援してくださったファンの皆さんへ、一言コメントをお願いします。

 「肉体的にはまだまだできる」と、回りからもよく言われるんですが(笑)、僕も実際やろうと思えば、まだまだやれると思います。しかしやっぱり気力の方に区切りがついてしまいました。このまま中途半端な状態でチームに残っても、チームに迷惑をかけるのも悪いですし。引退の美学というのはいろいろあって、「ぼろぼろになるまでやる」というのと「きれいさっぱり辞める」というのがありますが、僕は元気なうちに辞めておいた方が、これから自分がラグビーに携わっていく上ではプラスになるのでは、と思います。僕は社会人になって初めて関西に来たのですが、大学時代からのファンの方々も神戸製鋼に入ってからもずっと応援してくださっていますし、そういう意味では、ファンの皆さんに支えられたな、僕のラグビー人生にとってファンの皆さんはかけがいのないものだと思います。
 これからは、明治大学の後進指導に当たります。僕が社会人チームで培ったラグビーに関しての経験を伝えたいですね。明治のスタイル、方向性を、学生にはしっかり教えていければな、と思います。僕を育ててくれた明治にまずは恩返しをして、またいつか、神戸にも恩返しができたら、と思います。
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