2月28日

2002シーズン引退選手コメント
弘津 英司

(1990シーズン入社・フッカー)
弘津 英司


あなたにとって、「神戸製鋼ラグビー部」とは、どんなチームでしたか?

 ラグビーをする環境も良かったですし、素晴らしいプレーヤーもたくさんいましたから、本当にいい環境で育ててもらいました。特に大西さんがキャプテンの時代は、イメージが強いです。常に緊張感のある中で、とりわけきつく、非常にいい練習ができたと思います。スクラムではいろんなことを要求されましたね。ボールを出すタイミングだとか、組むタイミングとか、細部にいろんな注文を付けられた。そういうところが、どんどん強くなれた原因だと思います。

公式戦出場試合のうち、一番印象に残る試合は何ですか?

 入部2年目の1992年1月8日 第44回社会人大会決勝(花園ラグビー場 ○神戸製鋼24-15三洋電機)です。
 ちょうど僕が入った年はV3の年で、社会人大会決勝戦で三洋電機にずっとスクラムを押されて、イアン・ウィリアムスが最後インジュアリータイムで独走トライを挙げて劇的に勝ったのですが、現状ではFWが課題だということで、翌年スクラムの徹底した強化に取り組みました。そしてまた決勝戦で三洋電機と当たった時には、自陣ゴール前に張り付いて7分間、何度もスクラムを組むという場面があったのですが、そこを乗り切った。あれは勝利の大きなポイントでしたね。三洋とやる時にはきっとああいう場面があるだろうと想定していましたから。結果的にV4を達成できましたし、思い出深いものがありますね。FWが一つになったという感じですね。

出場試合を振り返ってのご感想は?

 現役は長くやりましたね。116試合に出場しました。今現在、チームでは一番多く試合に出場しています。自分でも長くやったなと思っています。
 ただ、来年からは試合数も多くなってくると思いますので、僕を越える選手には出てほしいと思いますね。清水と伊藤剛臣、彼らが僕の記録には近いですね。まあ、清水にはあとふたふんばりぐらい頑張ってもらわないといけないし(笑)。
 それから、ケガは少なかったですね。自分で計画を立てて、きちっとトレーニングしたのが良かったと思っています。一度、1996年春、バーバリアンとの親善試合の時にアキレス腱を切っただけですね。当時は6カ月で治りシーズンに間に合う、ということだったのですが、リハビリ中でこけそうになって踏ん張った時に「ぶちっ」と、同じところを切ってしまった(笑)。その時はショックでしたね。

応援してくださったファンの皆さんへ、一言コメントをお願いします。

弘津 英司
 本当にありがとうございました。僕は神戸製鋼でラグビーを十二分にやらせてもらいましたから、何も悔いを残すことなく辞められます。でも、OBになって再度喜びたいので、今のチームには何とか頑張ってもらって復活してほしいと思います。それは、ファンの皆さんも同じだと思うので、これまでと変わらぬサポートをよろしくお願いします。
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