インタビューInterview

close-up KOBE -Long interview-

2018.06.27 | 取材日:2018年06月15日 (佐野瑛亮)・2018年06月15日 (井関信介)

新加入選手インタビュー Part.4

FLから HOにコンバートした中央大学出身のHO佐野瑛亮選手と天理大学でトライゲッターとして活躍したFB井関信介選手のこれまでのラグビー人生や今後の目標とは?フレッシュな両選手のインタビューをお届けします。

取材日:2018年6月15日

トップリーグ出場という目標に向かって、
フッカーとしてのスキルを向上させていく

佐野瑛亮
Yosuke Sano

PROFILE

■1995年5月24日生まれ(23歳)、神奈川県川崎市出身

■川崎ラグビースクール→横浜隼人中学→東京高校→中央大学

■ポジション/HO

■身長・体重/180cm・96kg

日本一のフッカーを目指して奮闘中
−コベルコスティーラーズに入部後、初めて出場したプレシーズンマッチvsコカ・コーラレッドスパークス戦はどうでしたか?
「後半27分からの出場と、今までのラグビー人生で、一番短い出場時間でしたが、もっとも疲れた試合になりました。フッカーで出場する可能性があったので、交替が告げられるまでの間、ずっとプレッシャーを感じていて。結局、慣れ親しんだフランカーでの出場となったので、自分の得意なところを出していこうと思いました。初めて経験するトップリーグのチームとの試合でしたし、いろんな意味で疲れました」
−得意なところというのは、どういう部分でしょうか。
「ディフェンスです。ただ、コカ・コーラ戦については、僕が出ている間、チームは攻めていたので、ボールを持ったら一歩でも前に出ようと意識していました。ボールキャリーも好きなので、ボールを持つ機会が多くて、楽しかったです」
−手応えを感じることができましたか?
「フッカーで出たわけではありませんからね。フッカーとして、どこまでできるのかはまだ未知数です」
−フッカーは今シーズンからなんですよね。
「そうなんです。首脳陣から長身の選手や外国人選手が多いバックローの中で、上背がないのは不利なので、フッカーに転向したらどうかと言われて。フッカーはコンタクトプレーも多いですし、自分自身、体を当てることが好きなのでコンバートを決意しました」
−実際にフッカーに挑戦してみてどうですか?
「難しいですね。フランカーをしていた時と本当に同じスポーツをしているのかなと思うくらい、180度違います。ラインアウトのスローイングやスクラムのフッキングは、フランカーにはない仕事。それらをやりつつ、タックル、ボールキャリーなどといった仕事もしなくてはいけない。会社の新人研修終了後の5月21日から本格的に取り組みはじめましたが、悪戦苦闘しています」
−特に苦戦しているのは?
「ラインアウトのスローイングですね。先輩ですが、同期ということで、鹿田(翔平)さんが、自主練習に付き合ってくれて、毎日、投げ込んでいるんですが、まだまだ投げ込まないといけない。今はスローイングに時間を取られていて、スクラムまで手が回っていない状況です。スクラムに関しては、まず体重を100キロまで増やして、押し負けない体を作ろうと思っています」
−有田隆平選手も大学時代にバックローからフッカーに転向していますね。
「境遇が似ているからか、親身に相談に乗ってくれて、いつも良いアドバイスをくれるんです。スローイングのフォームも有田さんに見てもらっています。有田さん、鹿田さんはもちろんのこと、その他の先輩方にも助けてもらっています」
−新しいことにチャンレンジして楽しいんじゃないですか?
「今はあまりにも難しすぎて、楽しいと感じられないですね(苦笑)。だけど、どうせ目指すなら、日本一のフッカーになりたい。スローイングとスクラムを習得して、パスができて、走れて、タックルもできる、そんな日本一のフッカーになります!」
−日本一のフッカーになるためにスタートを切ったばかり。現時点(6月15日)で、フッカーとしての自分自身に点数をつけるとしたら、100点満点中何点ですか?
「うーん、20点にも満たないですね。スローイングも思ったところにいかなくて、そもそも真っ直ぐに投げること自体が難しい!これまで真っ直ぐに投げることは当たり前のことだと思っていましたが、そうじゃない。今さらですが、フッカーの選手は、すごいなって。ひたすら量をこなし、レベルアップできるように頑張ります!」

持ち味はディフェンスです!
−ところで、これまでのラグビー人生について教えていただきたいのですが、ラグビーをはじめたのはいつですか?
「小1からです。10歳上の兄がラグビーをしていたこともあり、両親にラグビースクールに入れられたんです。小学生の頃は、野球をしたり、水泳をしたり、ほかのスポーツもしていましたが、基本的に僕は不器用なので、特に野球はまったくダメでしたね。ラグビーは、小学生のレベルだったら、ボールを持てばトライラインまでひたすら走るという競技だったので、パスというよりも、ただ走ってトライを取るのみ。それが僕には合っていました。それで、中学もラグビー部のある私立校に進学し、平日は学校のラグビー部で練習、週末はラグビースクールという、ラグビー漬けの毎日を送っていました」
−ポジションは?
「小学生の頃はフォワード。中学はロック、高校からフランカーとナンバーエイトです」
−中学卒業後は東京高校に進んだ。
「小、中学と通っていた川崎ラグビースクールから東京高校へ進む人が多かったというのが一番の理由です。東京高校では、持ち味であるタックルが身に付きました。もともとディフェンス主体のチームなので、タックル練習が多くて、3年間、やり続けていたら、自然とタックルが強くなりました」
−高校卒業後、中央大学に進学したのは?
「中央大学の監督が東京高校出身という縁もあり、入学を決めました。中大もディフェンス重視のチームだったので、その中で自分の強みをいかすことができ、さらにタックルを磨くことができました。それと、大学の4年間では、チームプレーの大切さを学びましたし、4年の時には寮長を務めさせていただき、人間性を高めることができました」

次の目標は公式戦出場
−チームプレーの大切さを学んだとのことですが、詳しく教えていただけますか。
「高校時代から自分勝手なプレーをし過ぎるとよく言われていたんです。独走しても孤立してしまって、相手のボールになるということが度々あって、もっと周りのことを考えてプレーするように改善しないといけないと指摘されていて。大学1年、2年までは、自分の思ったようにプレーさせていただきましたが、上級生になった時に、監督から、それじゃダメだと言われて、それから周りを見て、周囲とリンクするプレーを心がけるようになりました」
−選手としても、人としても、成長することができた4年間だったと。そして、コベルコスティーラーズへ。コベルコスティーラーズに入った理由を教えてください。
「子供の頃からトップリーグのチームに行きたいと思っていました。ただ、現実は厳しくて、どこからも声がかからなかった。それで、大学の中山(浩司)ヘッドコーチがコベルコスティーラーズでプレーしていたこともあり、昨年の夏、トライアウトに挑戦させていただきました。入部が決まった時は嬉しかったですね」
−トップリーグのチームに入るという目標を叶えました。次の目標は?
「公式戦に出ることです!!」
−試合に出たら、ファンの皆様にどういうプレーを見てもらいたいですか?
「ディフェンスに注目してください!ラインアウトとスクラムは、今の段階では、大目に見てもらえたらなって(苦笑)」
−そこはこれからですもんね。頑張ってください。では最後にファンの皆様にメッセージをお願いします
「1日も早くトップリーグの試合に出場し、チームの勝利に貢献できるよう頑張ります!応援よろしくお願いします!」

取材日:2018年6月15日

フルバックでもウイングでも高いレベルで
プレーできるよう準備をしていきます!

井関信介
Shinsuke Iseki

PROFILE

■1995年4月24日生まれ(23歳)、愛知県春日井市出身

■春日井ラグビースクール→天理高校→天理大学

■ポジション/FB

■身長・体重/179cm・82kg

ウエイトトレーニングに対して意識が変わった
−怪我で現在、リハビリ中だとスタッフから聞きました。
「大学4年の時に左足首の捻挫が続いて、シーズン終了後に手術をしました。7月をめどに復帰を目指しています」
−同期が練習に参加している中で、焦りはないのでしょうか?
「今まで大きな怪我なく、ずっとラグビーをしてきたので、いい時間になっています。というのも、これまであまりウエイトトレーニングで体を鍛えてこなかったのですが、3月からトレーナーにメニューを作ってもらって、トレーニングに明け暮れています。そのお陰で少し体重が増えたり、ベンチプレスの数字が上がったりして、結果が出ているので、楽しいなって。ウエイトトレーニングは好きでなかったですし、大事だとは思っていなかったので、意識が変わりました。この経験が、フィジカルが強くなるきっかけになればいいなと思います」
−全体練習はまだ参加されていないと思うのですが、見ていてどうですか?
「コーチ陣の話や選手間で交わされる会話を聞いているだけでもレベルの高さを感じます。特に、アンディーさん(アンドリュー・エリス)やクーピーさん(アダム・アシュリークーパー)の発言は勉強になる。何も考えずに突っ込んだり、パスしたりするのではなく、意図をもってプレーを選択しているということがよくわかって。世界的なプレーヤーは、こんなことまで考えてプレーしているんだと驚きました。早く一緒にグラウンドで練習したいですね」
−復帰を楽しみにしています。井関選手のプレーのアピールポイントを教えてください。
「ポジションによってアピールポイントは変わりますが、ウイングの時は、タックルです。トライを取ることを持ち味にしている選手はたくさんいるので、僕はディフェンスで勝負します。思い切り前に出るディフェンスを見てほしいですね。フルバックでは、ハイボールの処理です。ただ、大学時代は相手チームにそれほど大きい選手がいなかったこともあり、自信をもってプレーしていました。トップリーグでは外国人選手も多く、これまで通りのプレーでは通用しないと思っています。大きな選手に競り勝っていけるように、ハイボールの処理をさらに磨いていきたいです」
−足が速いイメージがあるんですが。
「スピードはそんなにある方ではないんです。パスをもらうタイミングや位置で勝負しようと思ってプレーしています」
−大学時代、1年から3年まではウイング、4年からフルバックでしたよね。ちなみに、どちらのポジションが好きなんでしょうか?
「ポジションにこだわりはないです。チャンスが来たら、どのポジションでも高いレベルでプレーできるよう準備をしていきたいと思います」

適応力の高さでレギュラーを獲得してきた
−ところで、ポジションの変遷などを含めて、これまでの競技歴を伺いたいのですが、何歳からラグビーをはじめたんですか?またそのきっかけは?
「父が天理高校の前身の親里高校でラグビーをしていて、まず3歳上の兄がラグビーをはじめたんです。その流れで、僕も小1からラグビーをやることになりました。その後、兄は野球の道に進みましたが、僕はラグビー一筋。5歳離れた一番下の弟もラグビーをしています」
−ラグビーは最初から「面白い」と思いましたか?
「小学生のラグビーは、大きい子よりも、足が速い子の方が有利なんです。その頃はすばしっこかったので、トライがどんどん取れて。ラグビーは面白かったですね」
−ポジションの変遷は?
「小学生、中学生の頃はスタンドオフをしていました。高校では、最初はスタンドオフだったのですが、1年生の時に、ゴールデンウィーク中の大会で、Aチームのフルバックの先輩が怪我をし、いきなり監督からフルバックに入るように言われたんです。まったくフルバックの経験がなかったのですが、めちゃめちゃ楽しくて。相手は日本航空石川だったので、トンガ人の留学生がいて、怖かったんですけど、何も考えずにプレーをしたら、意外と相手ディフェンスを抜くことができた。それから高校卒業までフルバックをしていました」
−スタンドオフからいきなりフルバックに。とまどいはなかったですか?
「スタンドオフとしての僕は司令塔というよりも、自分でボールを持って突っ込むことの方が多くて、ウイングのようなプレーをしていました。僕自身、スタンドオフよりフルバックの方が向いていたんだと思います。フルバックはとても楽しかったです」
−そんな好きなポジションにもかかわらず、大学では1年からウイングでした。
「フルバックをやりたかったんですが、たまたまウイングで練習試合に出たら、トライを取れて。ウイングも面白いと思うようになったんです。それからウイングでレギュラーを獲得できるように取り組みました」
−そうして、大学1年からウイングとして公式戦に出場。ウイングとして、どういうところを意識してプレーしていたのか教えてください。
「ウイングの一番の仕事はトライを取ること。そこは意識していました。そのためには、ボールを触らないといけないので、いろんなところに顔を出すようにして、ボールをもらいに行くようにしていました」
−4年からは再びフルバックでプレー。ウイングを経験したことは、フルバックにいかすことができましたか?
「フルバックとウイングの連携はすごく重要だと思っています。高校時代はフルバックの経験しかなかったので、フルバックの視点だけで動いていましたが、大学1年から3年間、ウイングをしたことで、ウイングはフルバックにこう動いてもらった方が良い場面が作れるなどがわかりました。ウイングの視点が加わったことは、フルバックをする上でプラスになりました」
−井関選手は適応力が非常に高いですよね。ちなみに、フルバックとして意識していたのはどういうところなのでしょうか?
「高校時代は自分が突破して、最後にウイングにトライを取らせる、ということを意識していましたが、大学4年の時は、ウイングが抜ける状態を作ってからパスをして、僕がフォローにいき、最後にウイングからボールをもらってトライをするという考え方になりましたね」

大学時代に身に付けたディフェンスに注目を
−大学4年間で成長した部分はどこですか?
「ディフェンスです。今では『ディフェンスが武器』と言い切ることができますが、昔はひどかった。大学に入ってすぐに天理高校と練習試合があったんですが、高校日本代表に選ばれていたこともあって期待されていたにもかかわらず、後輩に思い切り抜かれてしまって。周りから『井関はディフェンスができない』と言われて、すごく悔しかった。もともと天理大学はディフェンスができないと試合に出られないので、公式戦がはじまるまでにディフェンスを向上させようと取り組みました。例えば、試合で左ウイングをしている時は、ゴールポストから左半分でトライを取られたら僕の責任というように考え、絶対にトライを取らせないと思ってプレーしていたんです。対戦相手と勝負しながら、味方の右ウイングともどちらがトライを取られないか競争をしていました。そういう思いで試合に出ていたら、自然と良いディフェンスが身に付きました」
−トップリーグで、そのディフェンスを見せてほしいですね。天理大学ではコベルコスティーラーズのOBである八ツ橋修身氏がコーチをされていますが、卒業後の進路にあたり、何か言われたことがありますか。
「コベルコスティーラーズはいいよと言われたり、入部を勧められたりするようなことはありませんでした。自分でしっかり考えて決めなさいと言われて。熟考した上で、コベルコスティーラーズは優勝を狙えるチームですし、レベルの高い選手も多い。そういうチームで挑戦したいと思って入部を決めました」
−今シーズンのズバリ目標は?
「グラウンドに復帰したら、自分らしいプレーをコーチ陣にアピールし、公式戦に出場したい。そして、トップリーグで活躍して、日本代表入りを目指したいと思います」
−では最後にファンの皆様へメッセージをお願いします。
「1年目ですが、グラウンドでは新人らしくない、うるさいプレーをしていきたいと思います!応援よろしくお願いします!」

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