インタビューInterview

close-up KOBE -Long interview-

2017.01.31 | 取材日:2017年1月25日

林真太郎選手インタビュー「神戸製鋼といえば、林真太郎と言われるようにしたいですね」

ルーキーイヤーは公式戦3試合に出場。多くのファンが詰めかけたノエビアスタジアム神戸で開催の第11節 vs 東芝ブレイブルーパス戦、第12節 vs ヤマハ発動機ジュビロ戦では、2試合連続でトライをマークした。今後、さらなる飛躍が期待される林選手の、これまでとこれから。

林 真太郎
Shintaro Hayashi

PROFILE

■1993年9月13日生まれ(23歳)、大阪府交野市出身

■同志社香里中学→同志社香里高校→同志社大学(2016年入部)

■ポジション/CTB

■身長・体重/178cm・90kg

トップリーグデビューは突然に!
−春シーズンはWTBで練習試合に出る機会が多かったですよね。
「これまでCTBしかやったことがないんですが、ジム(・マッケイヘッドコーチ)がチャレンジの意味もこめてWTBでプレーさせてくれて、CTBでは身につかない能力が少しはついたように思います」
−それはどういうところですか?
「春の練習試合 vs コカ・コーラ戦やNEC戦では、ボールを持った時にタッチに出されることが多くて、ジムから最低限の仕事としてボールキープしないといけないと言われていたんです。徐々にフィジカルも慣れてきて、ボディコントロールができるようになり、この部分はクリアできるようになりました。あとコミュニケーション。WTBは周りの状況が一番分かるので、常にコミュニケーションを取ってプレーしないといけません。そこも初めの頃はできなくて、よく指摘されたのですが、少しずつ改善されてきたのかなと。入部当初と比べて成長できた部分もあったので、後半戦、試合に出せてもらえたのだと思います」
−ウインドウマンスが明けてすぐの第10節 vs 宗像サニックスブルース戦では、13番をつけました。
「もともとリザーブだったのですが、モシさん(ジャック・フーリー)が怪我をし、急遽、スタメン出場となったんです。水曜の夕方に言われて、全体練習が1回しかないというタイミングで。もともと緊張しないタイプなんですが、あの試合に関していうと、緊張したり、いろいろ考えたりする余裕はなかったですね。iPadで何度も映像を見て、サインの確認をして、逆に準備はしっかりできたのかなと思います」

強さ、速さを体感したトップリーグ3試合
−実際にトップリーグデビューをして、どうでしたか?
「それまでチームブースでの仕事のほかにも、試合当日、選手、スタッフのサポートをする仕事をしていたので、スタジアムの雰囲気はだいたい分かっていました。だけど初めて選手としてグラウンドからスタンドを見て、大学の時とはまた違う、新しい世界に来たなって。その後のノエビアスタジアム神戸は、球技専用スタジアムなので、陸上のトラックもないですし、それにかなり上の方まで観客席があって、とにかくデカイなと感動しました。すごいところでラグビーができるんだなと興奮しましたし、入場の時はプレーできることが楽しみで仕方なかったです」
−ノエビアスタジアム神戸で開催の第11節 vs 東芝ブレイブルーパス戦、第12節 vs ヤマハ発動機ジュビロ戦では、2試合連続でトライしました。
「誰かが抜けた時にフォローしようと意識していたので、それがトライに繋がったのは良かったです。ジムにも、今後も継続してやるように言われました。(第12節の)ヤマハ戦は負けましたが、個人的にはたくさんのファンの方の前でトライができて、ノエスタは、"やりやすい"というイメージがつきました」
−3試合を通じて感じたことは?
「身体の強さ、スピードの速さでついていけない部分がありました。特にヤマハの12番(ヴィリアミ・タヒトゥア)は強烈で。大学時代、対戦した唯一の外国人CTBのトニさん(トニシオ・バイフ)もパワーがありますが、ヤマハの12番はさらに身長も大きくて。事前にヤマハの試合の映像を見て、強さは予想していましたが、それ以上でした」
−第13節 vs 近鉄ライナーズ戦はリザーブ、残りの2試合はメンバー外となってしまいましたね。
「近鉄戦は出場機会がなくて。モシさんが怪我から復帰し、CTBで誰を出すとなったら、そこはモシさんとなります。僕はまだまだ実力不足ですし、経験もありません。それにスタッフやチームメイトからの信頼もモシさんには及ばない。悔しい思いはありますが、これからみんなに認めてもらえるように努力していきたいと思います」

フィジカル、スピードを身につけてステップアップする
−フーリー選手の話が出ましたが、世界のトッププレーヤーである彼から学んだことはありますか?
「直接、何かを教えてもらったということはないですが、モシさんのプレーを見て学んだことは、コミュニケーションの部分です。モシさんは試合中、常に周りに声をかけている。そこは僕と違うところ。コミュニケーションを取るところは、見習っていきたいですね」
−そのほかの先輩から教えてもらったことは?
「南橋(直哉)さんは12番、13番でコンビを組むことが多かったので、ディフェンスについてなど、よく教えてもらいました。WTBに入った時は、正面(健司)さんや(中濱)寛造さんに、立ち位置やキックに対する状況判断などを指導していただいて。特にキックに対する判断は、今シーズン、成長できたように思います」
−今シーズンの収穫は?
「最大の収穫は、トップリーグの試合を経験できたことです。ただそこで活躍できたかと言われれば、そうではありません。僕の持ち味はタテへの突破といったアタックの部分なのですが、そういう得意にしていたところをトップリーグでは見せることができなかった。フィジカルやスピードが足りていないから、自分の持っているものを100%出せない状況なのだと思います。スキルももちろん身に付けないといけないですが、1年目に感じたのは、パワー不足ということ。ライバルに外国人選手が多いので、そこで負けないようにしないと。そのためには、フィジカル、スピードをレベルアップさせるしかないと思っています」
−自分の足りないところが分かった1年目になった、と。
「そうですね。試合に出て感じたことは多かったですね。フィジカル、スピードを身につけて、来シーズン、一気にステップアップしたいです」

なかなか試合に出られなかった中学、高校時代
−ところで、ラグビーとの出会いを教えていただきたいのですが、林選手はお姉さんにラグビーをするよう勧められたそうですね。
「あまりないパターンですよね(笑)。僕には姉が2人いるんですが、2人とも高校が(東海大)仰星なんです。山中(亮平)さんたちより学年が上なんですが、花園優勝に影響を受けたみたいで、中学入学した時に、どこのクラブに入るか悩んでいたら、姉に勧められて。オリンピックを見ていて柔道が好きだったので、柔道部か、それともバスケットボール部か悩んでいたんですが、同志社香里は、グラウンドが人工芝で、めちゃめちゃキレイなのも知っていたので、じゃあ、ラグビー部へ入ろうかとなりました」
−中学までは何かスポーツをしていたんですか?
「小学3年の時にサッカーをしていたんですが、面白さを感じられなくて、1ヶ月くらいで辞めました。それから中学1年までスポーツは何もしていないです。だけど、身体を動かすのは好きだったので、学校のグラウンドで友達とよく遊んでいました」
−ラグビーは続けられたんですね!
「クラスの男子の半分くらいがラグビー部に入ったということもあります。それに人に当たって、抜いていくのも楽しかったですし。ラグビーは辞めようと思わなかったです」
−中学1年から試合に出ていたんですか?
「中学1年の時に148cmくらいと、身体が小さかったですし、足もそれほど速くなかったので、試合に出られたのは、中学では3年の時だけです。それから高校に進んで、また3年まで試合に出られなくて。だけど、身体も170cmを越えて大きくなってきたこともあり、高2くらいで自信がついてきて、"なんで出られへんねん"と思っていましたね」

得るものが多かった1ヶ月のラグビー留学
−高校2年が転機となった?
「そうですね。それまでは、大学でラグビーを続けるかどうか、悩んでいたんですが、高校2年の時に続けようと思いました。それで、同志社(大学)では、絶対に1年からレギュラーを取ってやると思って、高校卒業から大学入学までの1ヶ月間、海外でラグビー留学しようと決めたんです」
−どの国へ行ったんですか?
「ニュージーランドです。高校の卒業式の翌日に出発して、大学の入学式前日まで、オークランドの近くのクラブチームでプレーしました。向こうでは、フルタイム出場はなかったですが、30分、40分くらい、5試合ほど経験しました。当時はガリガリでしたし、向こうでは、とにかくパワーの差を感じて。でも、そんな中でも、小柄な選手もいて、そういう選手はめちゃめちゃステップが切れるんですよね。こういうやり方もあるんやと勉強になりました。あれは本当にいい経験になりました」
−そして、同志社大学に進んで、実際、1年からレギュラーを獲得したんですよね。
「大学3年の時、開幕直前に膝を怪我してしまったので、そのシーズンは出られなかったですが、その年以外は、試合に出ていましたね」

同い年の選手には負けたくない!
−すごいですね!
「実は僕、高校の時、橋本(皓)がいる仰星に大阪予選の決勝で負けていて、花園に出場したことがないんです。まったくの無名で、だけど、周りには高校ジャパンや高校ジャパン候補がたくさんいて。そういう選手には絶対に負けたくなかったんです。練習から必死でやって、1年でレギュラーになりましたが、その後も、誰にも抜かれたくないと思ってやっていましたね」
−かなりの負けず嫌いのように思うのですが。
「負けず嫌いですね。普段の生活ではそんなことはないですが、試合に出る、出ないということに関してはそうですね」
−じゃあ、来シーズンはレギュラー獲得しないと。
「来シーズンの終了後は、サンウルブズ、と思っています。面識はないですが、同い年の松橋(周平 /リコーブラックラムズ)や田村熙(東芝ブレイブルーパス)は、もうメンバーに入っていますし、同い年の選手には負けたくないので、来シーズンは試合に出られるように頑張ります!」
−サンウルブズ入りを目指しているということは、目標は?
「日本代表です!コベルコスティーラーズに入部を決めたのも、どこのチームに入るのが一番日本代表に近いかを考えてのことなんです。コベルコスティーラーズはレベルの高いチームですが、そこで試合に出られなかったら、日本代表入りも無理だろうと。それに、いくつか声をかけてもらった中で、一番、入りたいチームがコベルコスティーラーズだったということもあります」
−では最後に、今後、どんな選手になりたいと思っていますか。
「コベルコスティーラーズといえば、林と言われるようになりたいですね。今は、林といえば、林敏之さんですが、真太郎と言われるようにしたいです!」

−コベルコスティーラーズの"顔"になるように、これから頑張ってくださいね!

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