1974年生まれ、ニュージーランド出身。OPUNAKE HIGHSCHOOL→HARLEQUINS→COASTAL,TARANAKI→CAMBRIDGEUNIVERSITY→CANTERBURY(NPC)→CRUSADERS(SUPER 12)→コベルコスティーラーズ(2004年入部)。ニュージーランド代表としても活躍した世界レベルのCTB。コベルコスティーラーズでは2シーズン在籍し、来日1年目のトップリーグ開幕戦の東芝戦では高いディフェンス力で勝利に大きく貢献するなど、存在感を示した。(公式戦5試合出場)
 まず日本を、神戸を離れることは大変寂しいです。コベルコスティーラーズでもっと長い間、プレーをしたかったですし、すごく残念に思います。その一方、母国・ニュージーランドに帰り新たな人生を始めることも楽しみではあります。ニュージーランドではまだ何をするかは決まってはいないですが、僕のラグビー人生はコベルコスティーラーズで幕を閉じましたし、第2の人生をこれから送ることにワクワクしています。
 コベルコスティーラーズのラグビーは多くのファンに愛され、選手たちも熱い気持ちを持ってプレーしていると感じました。その印象は今でも変わりませんね。
 入部して最初のシーズンの、2004-2005トップリーグ開幕戦、東芝府中ブレイブルーパス戦(○15-12)です。ロスタイムに逆転勝ちを収め、内容も良い試合でした。その試合に関われたことをうれしく思いますし、非常に印象深い試合です。
 ラグビーに関して言うと、この2年間は怪我が多かったので辛いこともありましたが、プライベートでは、素晴らしいニュースもありました。それは第一子が生まれたこと、そして第二子ももうすぐ誕生します。またチームメイトとは、練習の合間に息抜きでパーティーをしたり、楽しい思い出もたくさんあります。コベルコスティーラーズに在籍した2年間で得た様々な経験を糧に、これからもニュージーランドで頑張っていきたいと思います。
 コベルコスティーラーズは伝統もあり、さらに選手、マネージメントスタッフ、コーチングスタッフ、そしてチームを応援し続けてくれるファンもクオリティが高いチームだと思います。ですので、すべての選手が怪我なく、試合に望むことができれば、コベルコスティーラーズには明るい未来があると思います。来年、優勝の報告を聞けることを楽しみにしていますし、チームメイト全員に幸運があることを祈っています。
 ニュージーランドでは、試合終了後にスタンドにいるファンの方々にサインをしたり、握手をしたりすることがあまりなかったので、日本ではファンの方々をとても身近に感じることができました。ファンの方々の嬉しそうな表情を見て、皆さんがどれほどコベルコスティーラーズを愛してくれているのかがよく分かりました。コベルコスティーラーズのファンは日本でNO.1だと思います。2シーズンという短い間でしたが、ファン感謝イベントやチャリティフェスタ、試合会場で皆さんといい思い出が作れたことに、感謝したいと思います。ぜひこれからもコベルコスティーラーズを応援し続けてください。皆さんの熱い応援がチームに力を与えてくれると思います。
1974年生まれ。宮崎県出身。都城高→明治大→日本国土開発→コベルコスティーラーズ(1999年入部)不本意な怪我で長期戦線離脱を余儀なくされたが、恵まれた体格から生み出される安定感あるスクラムには定評があり、接近戦でのディフェンスにも長けたプレーヤーとして活躍。(公式戦30試合出場/日本代表キャップ2)
 いろいろ学ばせていただきましたし、何より自分自身のラグビーに対する考え方が変わりました。僕の人生の中でコベルコスティーラーズにいた7年間は貴重ですし、何ものにも代え難いですね。楽しいことも一杯ありましたし、キツいことも一杯ありましたが、1日1日が充実していましたね。本当にあっと言う間で、感覚としては大学の4年間よりも短い。本当に貴重な時間でした。コベルコスティーラーズで得たことはラグビーに限らず、私生活でもこの先の人生に絶対にプラスになると思います。
 入部3年目の2002-2003シーズンです。そのシーズンは関西社会人Aリーグの試合すべてにスタメン出場できたので、とても充実してました。大きな怪我もなくリーグ戦全試合に出場したことが自信につながりました。
 2000-2001シーズンの全国社会人大会のトヨタ自動車との決勝戦(○29-26)ですね。清水さんが急遽怪我でスタメン出場は無理だということになり、僕がスタメンで出たんですが、勝ちたいと言う気持ちと自分の仕事をまっとうしなくてはいけないという気持ちで、無我夢中でプレーしていました。途中で脳しんとうを起こして、試合の記憶がほとんどないんですけど、必死だったという感覚だけは覚えているんです。そして優勝して神戸に帰る新幹線の車中で先輩方に「お疲れさん!」とか、「大丈夫やったか?」などと声をかけていただいて、その時に初めてチームの一員になったという気持ちになりました。あと、この試合中に中道さん(FWコーチ)に「ようやった!」と頭を叩かれて、誉められたんですね。どんなプレーで誉めていただいたのかは思い出せないんですけど(笑)。「よっしゃ、ようやった!次、行こう!」って言われたのが凄く嬉しくて…。この言葉は一生忘れないと思いますし、大きな財産です。
 昔から自由奔放なラグビーと言われてますけど、チームに入ってそれを身を持って体感しました。チームとしての規律はしっかりと守りながらも、個人個人が場面ごとに臨機応変に判断し、回りもそのプレーに対し柔軟に反応することができる、とても質の高いラグビーをしていると思いましたし、チームのラグビーに対する考え方や取り組み方がとても好きでした。コベルコスティーラーズのラグビーって見ていても楽しいと思いますが、プレーしている方も楽しんでやっているんです。私自身も日々を重ねるごとに神戸のラグビーがどんどん好きになりましたし、高校からスタートした僕のラグビー人生の中で、間違いなく一番面白いと思えるラグビーでした。また、スクラムに関していうと、神戸には神戸のスクラムの組み方があるんです。最初は凄くとまどいましたけど、清水さんや中道さんに教えていただいたり、足の使い方、右肩の使い方など自分なりに研究して、実際にやってみて、どうしたらできるのか突き詰めていって習得するのは大変でしたが、そういう過程も凄く面白かったですし充実した時間でした。
 一言で言えば切っても切り離せない存在です。コベルコスティーラーズにいたから、今の自分がある。僕を作りあげてくれたチームでもあるし、僕を支えてくれたチームでもあります。僕自身の一部ですね。
 試合会場などでよく声をかけてくださったファンの方がいらっしゃったんですけど、その方に今年2月に行われたファン感謝パーティーでも声をかけていただいたんです。その時に「後、5、6年現役で頑張ってくださいね」とおっしゃっていただいたんですが、長く悩まされた首の怪我の影響もあって引退することとなってしまい、その期待に応えられなかったのが残念です。ファンの方々にはいつも元気をもらっていましたし、7年間、応援していただいて、目をかけていただいて本当にありがとうございました。これからは私も神戸の1ファンとなりチームを応援したいと思っていますので一緒にスタジアムを満員にするぐらい応援していきましょう!

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